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『マリア あなたを包む愛の奇蹟』-その2。

by カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku

※このシリーズでは、『マリア あなたを包む愛の奇蹟』-ドリーン・バーチュー 宇佐 和通[訳]の内容を、ゆっくりと分かち合って行こうというものです。公式さまから許可を得たわけではありませんが、いつものように私の想いつき買いたいけど買えない方、また知るきっかけのなかった方に触れあって頂ければと想い、始めました。もしよろしくなければお伝えください。


はじめに

聖母マリアとの絆が奇蹟を運ぶ

この本は、美しく、愛情あふれる神聖な存在である聖母マリアについて書いたものです。特定の宗教の教義に偏った内容ではありません。これまでに確立されているさまざまな宗教思想、そしてスピリチュアリティーという言葉で表現される考え方もすべて含めるよう努めました。私にとって、聖母マリアは真摯な態度で取り組むべきテーマにほかなりません。聖母マリアその人と、聖母マリアを取り巻く伝統的思想に深い尊敬と畏敬を抱いています。

この本を書くにあたり、祈りと知識の探究に多くの時間を費やしました。そうすることによって、聖母マリアという存在の中核である愛情と母性を込められると思ったからです。執筆の過程は心から楽しむことができました。そして、この本を手に取ってくださったあなたに、私自身が得た知識をお伝えする機会を与えられました。

聖書の解釈や内容に関する分析がこの本の目的ではありません。その種の本は、すでに多くあります。祈りの言葉や訪れ、超常現象、夢、そして癒しを通じて聖母マリアの存在を実感した人々の体験を詳しく語ること。それが目的です。私は、聖母マリアと深いつながりのあるカトリック信者ではありません。でも、聖母マリアがもたらしてくれる癒しについては、どんなに小さなことでも知りたいと思っています。仕事で世界中を飛び回る私は、どの国を訪れるときにも、聖母マリアに捧げられた大聖堂や教会を探すことにしています。フランスのルルド、イタリアのロレット大聖堂にある聖家の礼拝堂をはじめとする多くの聖地にも足を運びました。

それに加え、大学に入ったばかりの頃、カトリック思想の歴史と教義について学び、神秘と奇蹟の概念に感銘を受けました。私は、自分を“偏見のないクリスチャン”だと思っています。イエス・キリストに対する崇敬を保ちながら、キリスト教以外の精神思想にも価値を見出し、恩恵を感じるというあり方です。私が意識を集中させるのは愛情、許す心、思いやり、ほどこし、倫理、道徳観、そして恐れや罪の意識を無視する方法です。

聖母マリアを神よりも上の存在として崇めようというではありません。私はこれまで、天使を神よりも上の存在と考えたこともありません(こうした思想の下に書かれた本も少なくないでしょう)。神は、人間が崇敬対象とするすべての要素を宿しています。創造主である神はいつでもどこにでもあり、聖母マリアと天使たちは、常に神の真理と共にあります。

伝統的宗教への関心が薄れ、人々が絶えることなく精神的真理を求め続ける中、聖母マリアへの信仰は高まっています。世界の宗教・文化に詳しい人は、多神教の神々の中に女神が含まれていることをご存じでしょう。聖母マリアは、一神教の枠組みの中で必要とされる神聖な女性という役割を果たしているのです。

特定の宗教に関してネガティブな体験がある人の気持ちは、よくわかります。私も、忍耐を求められたことがあります。この本の内容が、昔の記憶を呼び覚ましてしまうことがあるかもしれません。こういう人たちにこそ癒しがもたらされることを祈ってやみません。罪人と決めつけられ、自尊心をおとしめられ、畏れや罪の意識ばかりを感じさせられる教えが残した深い傷については、理解しているつもりです。宗教団体も含めて多くの組織に存在する、痛みしか生み出さない虐待的な資質についても知っています。それでも、祈りのことばの力、聖なる存在とつながる方法をはじめ、宗教と名のつくものには価値ある側面が必ずあるものです。


マリアの物語

聖母マリアはキリスト教で最も有名な女性である、実際に名前が出てくるのは、福音書だけです(巻末の「聖書の中の聖母マリア」をご覧ください)。処女懐胎をめぐる問題はあるものの、イエスの母親として崇敬を集める聖母マリアは、一神教伝統の中核であり続けます。コーランに名前が記された唯一の女性であり、イスラム教においてもその存在が議論され、カトリックおよび東方正教においては聖人とされています。新約聖書には、少なくとも9人の異なる女性を指すマリアという名前が51回出てきます。

『ヤコブ原福音書』によれば、聖母マリアはアンナとヨアキムの娘として生まれました。アンナ(ハンナという名前でも知られています)とヨアキム(イムランと呼ばれることもあります)は、ふたりともダビデ王の血族と考えられています。なかなか子どもを授かることができなかったふたりは、神に祈りを捧げました。すると天使が現れて妊娠を約束し、すぐにマリアが産まれました。天使が両親を訪れたことがさきがけとなって、天使の女王が生まれたのです。従兄弟のエリザベトも、大天使ガブリエルの訪れを受けた後に洗礼者ヨハネを産みました。大天使ガブリエルはその後、聖母マリアを訪れ、「わたしは、大きな喜びを告げる」と言い、将来息子として生まれてくるイエス・キリストについて語りました。

聖母マリアは、カトリック思想やキリスト教、そして東方正教会思想だけに結び付けられがちですが、聖母マリアもイエスもユダヤ教の信者であり、ユダヤ文化を尊重していました。聖母マリアは、イエスと天使、そして特に神と同じく、すべての信仰や宗教的概念、あらゆる形のスピリチュアリティー、そしてすべての人とつながっています。すべてを受け容れる純粋な愛情であり、嫉妬や独断、そして競争心とまったく無関係なのです。

聖母マリアは、人を育むのに理想的な存在です。優しく純粋で面倒見がよく、無条件の愛情を注ぎ、すべてを受け容れ、控えめで賢く、理解があり、そして思いやりをもって接してくれます。すべてをわかってくれているので心が安らぎ、気持ちが落ち着きます。痛む心に安らぎをもたらし、愛されている、そして安全であるという実感を与えてくれます。公正と良心を心のよりどころに、信じるという行いを支えてくれるのです。

この本を書くことで、私は聖母マリアとの絆を深めることができました。聖母マリアが私たちを守り、癒し、そして導いてくれる多くの方法に気づくことができたのです。聖母マリアは、地球とその上で生きるすべてのものをかけがえのない存在と考えています。すべての生き物を同時に救い、癒す力には制約も制限もありません。

聖母マリアは、育み、与える立場の賢く強き者(特に女性)の理想形でもあります。愛する者たちに何でも惜しみなく与えると同時に、自分を大切にすることの必要性と大切さを示すのです。


カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku
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