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正義とは。-その2。男たちに。私より。

by カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku

社会正義、思想正義、どちらにせよ、望まぬ苦しみを産む男性原理の人間の未熟な男子の、赤子の如き正義など・・・しょせん男の見栄でしかなく、クソったれた意地っ張りでしかなかろうよ! というわけで、男どもはみんなパパになれ。実際に母子を守る者になれば、そのふざけた価値観がいかに愚かしいか分かろうよ。報復と怨嗟が尽きないじゃないか。男どもだけで我慢するならまだよかろうが、そこに女子供を巻き込むんじゃねぇよ・・・っ!

それに、スピリチュアル、精神世界、霊的、愛の観点から見て、人とは男と女、老人と子ども、賢者と愚者、本来、“支えあってこそ初めてほんとうの意味で生きる”というもの。

そこに男性の欲望を御し切れぬ無粋な物質的な枠ではめ込みありえない幻に命を賭けて戦いあうから、こんなにおかしな惨たらしさ、やったやられたの血まみれの、“ほんとうの命”に逆らい続ける繰り返しの分離が尽きぬ。其は大陸、文明の滅びを喚び込むしかないというもの。さらにそれは狭間で“迷い”を産む。大量生産大量破壊、大規模搾取に乱、対決討滅を始めてしまい、健やかな個性の成長成育を歪にし、無駄に早めてしまう欺瞞そのもの。空しく矮小にやたらと盛り回っては間違いを認めず、その癖(くせ、カルマ)に哀しみの合理性に頼る。永劫が如き満ちぬ苦しみを無意味な華やかで偽装しようとしても、酒、タバコ、不誠実な女、ゴルフ、飲み会、薬物の誤った使用などの毒にまみれて理不尽と癇癪、黒き事件をはびこらせ、関係ない者まで巻き込み、遮二無二化けの皮をかぶった鬼を創るだけだ。

ただ・・・その正直さ。素直さ。真っ直ぐなところは、
私は褒めよう。讃えよう。
ただ、ここまで言って、この通りの愚鈍極まりない飢えた獣となってまで、さらにいうなればそれを連綿と受け繋いでご先祖さま、先人たちが凄絶なる想いで子に、未来にさせまいと必死になってまで教えたものを、もう好んで外道に落ちたい、自然、聖なる世界から見て、この愛する星を、人間を、破滅させてまで地獄を顕現することに加担しようと言う者はおるまいな?

では、止めよ。せめて、止めようとせよ。せめて、気づこうとせよ。せめて、この私、最小最弱を名乗るバカですら“確かに悟れたこと”を、この現世に溢れかえったこの男社会の傲慢の無知ゆえの暴虐、そいつを、貴殿らの掲げる誠実さ、責任感、我慢強さで、同じく、理を以って見抜いてみせよ。洞察せよ。

愛好の士、進んで武の道、猛る力、怒りと悲しみ、無念と躍起を他者への愛に誠に活かしたいというのならば構わぬ。大いに為せ。偉業と呼ばれた英雄たちも、確かに先代には居る。誇り高さのなんたるか、正義とはいかなるか、証明せし強者(つわもの)どもも居よう。されど、己をまるで知らず、嘘偽りの正義を未だに標榜し身の程を弁えることもなく分別なき混乱を撒き散らし、祖先の誇り、計り知れぬご縁にてせっかく結ばれた愛の子、貴方というかけがえのない“自分自身”、さらにそれは我独りの物に非ず。今ここに貴君らがその不器用な犠牲を負ってまで“生きている”。それがまさに奇蹟であり、まさしく背負うべき護るべき宇宙の因業の貴び手、真正たる自然精霊の力の使い人。あなたがたである。正気を取り戻せ。男たちよ。

目覚めよ、めざめよ、男性。起きろ。冷めろ。清らかなる男子たちよ。

痛覚の麻痺した無理な一方通行、集団的外道の所業を、優しきみなの願い、見直し、検討し、愛する者、愛してくれている者たちの想いに応え、どうか癒(なお)して! そもそもよく考えてみろ。大なり小なり、いかに休息を挟みとて、それは詰まる所、“終わりなき戦い”――諸君らの忌み嫌う“戦争”そのものではないか! それを終わらせ、“最早そうするまでもない新たなる可能性”を惹かれあう大切なパートナーと追及し、そのために闘う、分かち合うために活かしてこそ男の見せどころというものではないのか? 本懐、本望じゃないのかよ・・・! いつまでもちっせえ事情にくよくよしてんな。いい加減に幻想の死合いを諦めて、さっさと無限無二の愛しあいに回帰しなさい。何年繰り返してんだ! いよいよもってして損なってしかいないじゃないか。再生せよ。お前らの理解。もたらされているのだ。憎しみの中ですら愛が。私がいうなれば、女神たちの愛が。

そうしてまで欲する乙女たちの切なる声が。聞こえんのか。
地球の悲鳴が。分からんのか。
自分の渇きが。終わらんのか。
決定的になにかが違えている、なにかが欠けているとは想わんのか。
至れぬのか。なにがために醜く成り果て、成り下がってでも好まぬ争いをする。果てなき殺し合いをつづける――。
いつまでほんとうの弱者まで傷めるというのか。
労わることを、労うことを知っているのはあなたがたではないのか。
そうしてほしいのはあなたがたではないのか。
いつまでぶらつく。いつまで見えざるあなたの苦しみの分裂の旅をつづける。
もう十分ではないのか。もう飽きたのではないのか。そもそも始めからそんなものは望んでいないはずではないのか。はやくどこか、感じている故郷にかえりたい、と嘆いているのではないのか。
怒れるならば脱せよ。理屈と不満の充満したゴミのような不健全な紛い物の造りモノから。
安らげぬ男同士のむさ苦しさから。
真に労われよ。報われよ。満ちよ。
宇宙は愛する。その渇きを観察し、その上で無条件にあなたを抱きしめ、抱擁している――いまもまさに――。そこにわかろう。――この優しき世界、ずっとあなたが求むる人肌、それはまかり間違ったおとこの正義では癒やせぬ。他者に欠けたるを補われてこその人類。人間である。人である。
すでに十二分に尽くしているのではないのか。中途半端に満足したくないのではないのか。
悔いが尽きないのではないのか。悩みになげいて、うめいて、それでもと。
ほんとうは痛みに泣きたいのではないのか。誰より何より、赤子のように大切なだれかに甘えたいのではないのか。
なにゆえ彷徨うのか。
男どもよ。

愛されてる。そのことに、はやく気づけよ。大切にされている。真正の神、この大宇宙、大自然、優しきほんとうの世界、そして、大体の男たちは、あなたも、あなたも、あなたも。女が欲しいのではないのか。
恋しいのではないのか。待望しているのではないのか。
すでに。天国の乙女たちに。ずっと。見つめられている。『この人が運命の人だ』と、バレンタインデーの本命チョコを渡されている。ずっと。昔から。女を欲するなれば、そこに気づけよ。私から言っておく。
偉大なる女性の愛に気づけず、悶絶から抜けられぬなど、あまりにもかなしすぎる。そのために、教えている。それは理屈ではなく、不安ではなく、愛で。自分自身。そう。あなたがたが真っ赤なプライド、御大層な理想を好き好んで掲げてまで叫ぶ、“選ばれた者”――それは実は、天国を通してみれば永遠の真実である。
女を欲するなら、真なる世界にめざめよ。あなたは女神たちに望まれている。求められている。

今ここに書いたこと、それだけはこの私でも身をもって確かめた。わたしごとき最小最弱でも、男らしさなどまるでないこの私でも、――無事に拾ってもらえ、選んでもらえ――、たしかに苦労はある。だが説明のつかない――ご加護――恩寵――偉大なる祝福――によって――己が地獄、煉獄までもついてきてくれて支えられ、どんな不幸であっても救われ、――なによりいつもいつでも労われ、慰められている――。

それだけは言ってあげられる。
それほどまでの苦を担ってまで、それでも精一杯生きている“あなた”が――宇宙一大好きです――そう、ほんとうのせかいはずっと――あなたにささやいている――。そのために学べよ。遥かなる宙(ソラ)の次元の真なる高みから、そして――今もまさに――。ずっと。求むるならば、――それに至る真なる法を、学べ――。
慈しまれている。ほんとうの意味で。まず宇宙を統べる聖なる女神たちから。育まれている。ずっと。いつまでもどこまでも。――そのことに、どうかわかれよ――。


カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku
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