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みんなのカルマ。集合意識。-その2。

by カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku

というわけで、このいちばんヤベー惨さが私の業ですらなく、みんなの因業なのだと悟りて、。
体験洞察理解。ありのままあるがまま。


親の怒りに触れ、どうしようもできなかったこどもの手厳しさ。みはなされたすてられたいたいけのなさ。自己憐憫。教えと自分の狭間で生まれるエゴに呪われた断固たる厳めしさ。恐れに基づく奉り。励まし支えられてもあたたかき温情に気づけぬ嫌がり乱暴。何も信じられない決意不能の根が深き幼少期からの痺れを伴う欠けたる一直線の意気。そこに当てつけられた歪な社会の天性のいのちの目的なき労働。生きるために食べるためにはと遠慮も容赦なく突き付けられ差し向けられたお金と契約による断絶。それによって際限なく生まれる深刻な大問題の疲労困憊。気が狂うような競争。狂言に乗せられたおかしな華やかさの熱狂。それがゆえに悲しくて育たないちからに偏った、間違いを認めぬ暴乱。踏んだり蹴ったりの搾取。何らかの実体のない紛い物の造りモノによるこれが絶対無二だ・唯一無二だと謂われる遮二無二な経典の神。支配したりされたりの繰り返し(パターン)。吾のことしか考えられない単細胞的な無知。知識に頼ったおどしおどかしの逃げられない悪夢のような苛みの悪魔のような包囲網。
マスコミや洗脳(マインドコントロール)、刷り込みによる黒ずんだ孤独な群れ。痛めつけ締めつけられた不和不仲の家庭環境。それでもがんばった私たちに許す隙も与えられない毎日の苦しめあいの過干渉。愛し癒されぬ神経の過敏さ。繊細さ。そして至って天然のそれこそ唯一無二ほんとうの愛の絶対無二の個性であるのに、嫌で嫌で仕方なく、ほんとうの法も至らないままの己のたいせつな弱さ。

人肌を求めて迷う未熟な男性性。受け入れ切れない傷ついた女性性。真であり無限である無条件の愛を忘れたそんな今の世の人間たちの、大宇宙大自然からの分離。反抗。反対。もともとありえないはずの敵対。倒錯するような破壊衝動。交錯した吠えたて叱りあう異常なテンションのケンカ。天下無双の陽炎にとりつかれたすれ違いばかりの気疲れしてしまう切なさ。それだからなにかの正義にすがって、とにかく愛さが晴らしたいだけの無能。そんな人の子の間での非情すぎる裁き。偽りの仮面を被り、信念を捻じ曲げてでもおかしな道化を演じつづけなければならない生き地獄。外道になってもせめて踊り狂って、酔いつぶれるまで飲んだくれて弾けたかった若さの居場所のなさ、しかしそうしても空しさが募って、逃げるように寝るだけのバカ騒ぎ。つまりは非を利用されて深層、ほんとうはずっと感じつづけていた怒り。

心頭して頭を痛めているみんなから伝染伝播した酷な我毒。あなたの自然な体は治りたいと呻いているのに科学的には「これが正しい」「これしかない」という副作用のある危険な薬物依存、あるいは用法を誤った自己破壊的な愚かな薬の乱用。

優しい穏やかな田舎の人々から大らかな自由を奪い、「分かち合われていたほんとうの豊かさ、ほんとうの富、ほんとうの愛しさ」を掠め取ってまでしてなんとなく楽がしたいだけの、都会文明の、補いあう和を以って尊っとしと成すはずだった“にんげん”から尊厳と大切な想い、それでも一生懸命生き抜いてきた念願の夢と願い、それこそ全力を振り絞って、我慢に我慢を重ねて辛抱に辛抱を連ねて、吐き気を催す恨みつらみに耐えて耐えて耐えて・・・・。しかし耐えかねて不安になって投げ出したのに、それほどまで誠実にあった大人たちからさえまでかすかに残された“希望”という潤いを封印させようと死、牢屋に閉じ込め、押し込め、否定し、我々庶民すべての共通の憩いのあたたかな緩和をこそ「おかしなもの」と拒絶し、また「必要ない」とかってに上層部たちが決めつけて締め出し、だれしもほんとうは抱擁されたいのに歯がゆいまでのこびりついた腐りの膠着拘泥の沼から抜けられぬ、『地球人類、特に現代社会人はみんな、プロセスそのものに足を取られている――』妨げられ、遮られて断たれた健やかな道。真に悟れぬまま外側に求める一方の絶望と失望。そうしてふと周りを見渡せば漂っている倦怠感と我が身に感じる悪寒。ほんとうに身も心も凍え、荒んで、寂しくてたまらないのに、おなじ人の間では誰も理解してくれない、という・・・みんなおなじ・・・あんまりにもな苦しみ。付き合いきれない日々のちんけな懸念。心配。
ほかにすべなく知恵なくされども懸命に守り、やっとこさ生き抜いて、生き延びて、逃げて・・・・けどまだやられまいと構えて、開き直るしかなくて・・・居直って、ようやくなんとか居座って・・・・なんとかしようとはした。けどみんな・・・。そしてまた子どもたちに晴れぬ分まで着せようとする――。

まさしく、“手に負えない”-“きず”・・・こんな・・・。

。。。よし。

そうか・・・。わたしには分からなかった。まず“なにかがおかしい”とすべて投げ出して、逃げて、成長して、選ばないようにして、ようやく立ち直ってきたけれど、今本当に私に現出している・・・。これがみんなのインナーセルフ・・・集合意識・・・の・・・内なる本心の――・・・“痛み”。必死な悲壮。

そうだな・・・。もうやめよう。やめよう。もう、やめよう。こんなものはイカれている。
そうだな。わたしなりに、私たちなりに、我々なりに――『「“ひとつのことば”」』で言えば。
『「“――こんなものは人間じゃない――”」』

もちろん、そんな倫理観、価値観の中でもほんとうに心から楽しいと誇れるならいい。
けれど、いま大多数の忙しい人たちは・・・しんそこから悲鳴を上げている。

そうだな。私も、どうしたらいいのかわからない。けれど。これからゆっくり、考えよう――。
がんばれ、地球人類、現代社会人。そして日本人。今や洋の東西問わず、いよいよもってして聖なる絆の通う、すばらしきジャパニーズよ。そしてもとよりの我らが悠遠なる慈しみ深き年代深き由縁にて結ばれたる神々の庇護保護のもとの、大和の子らよ。

――くじけてもいいさ。とうぜんだ。しぜんだ。うちゅうのきけつだ。
ただ想い出してほしい。どうか。気づいてほしい。ほんとうに。
この星は、地球は、ほんとうのせかいは、このくには、どこまでもやさしいから――。
泣きなさい――笑いなさい――。
安心して、生きていきなさい――。健やかに――安らかに――。どうかおだやかに――。
焦っておもいつめて、かなしみのあまり走り回ってよろめいて追い込められるのがにんげんではないよ――。ときにはそんなこともある。あってかまわぬ。それがあるから、わかることもたくさん、ある――。
――のりこえたらみえてくるさ――。
だから、みんなでいっしょに。ゆっくり、あゆもう~。

ひとりのしょうりなどあんまりいみがない――。とわたしはおもう――。みんなでかちなさい――。いっしょにまんまるにみがきあいなさい――。そうしていっしょにたかみへわけあい、しんせつにすごし、ささえあいなさい――。そうすればかならず、だいじょうぶだから――。
どうかしあわせであるように――。あいするわがこらよ――。


カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku
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