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お目汚し-その5。日本人へ。

by 寺口 巧(てらぐち たくみ)-カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku

気づきなき築きは死をもたらす。

結局は、たぶん・・・「無能を認めなかった男たち」の・・・「反世界的社会」。それが、私の味わってきた「生き地獄」のもと、か・・・。そんなもんに振り回されてたのか・・・。

現代地球人70億人・・・? 「あきらめること」をわからず・・・巻き込まないでくれ・・・。

無感情無表情なプライドを殺した部下 対 逆上暴棄のプライドを歪めた上司の無力な対立。

それに巻き込まれた無念の女性社員たち。

――私は――和解と妥協知ったる丸い男の無能は可愛い。――と――。

――あやつろうと思いすぎちゃいけない! 考えるなってそういうことか、大自然!
そうか――私たちは人間だ――! 。。。「人の間」・・・。まさに。それがおかしいから、「人の魔」なのか・・・。
いったいいつまでどこまでいつからどこから・・・「永劫回帰の絶対ルール」なんて生み出し続ける。

子を無力にしているものは――親が押し付けた教育とは――義務? ――義務とは、義があって始めて成り立つもの。あなたがたはどうか。負っている義とはいかなるものか。正義――正しい義であるか?
そもそも、その上にたとえ1ミリでもあってはならないはずの人を殺す裁きをよしして回っている上層と呼ばれる守っている気の管理者たち。非力な愛しき民の掛け替えなき貧者の一銭をかっさらい、その勤労の汗たるお金を自分たちの「国」につぎ込んで必死に維持し、・・・――こんなもんはもう「国家」――「家」ではない。。。・・・。「民を安息させるはずの家」が・・・ほんとうの「民家」を蝕むか・・・。
であれば、もはや「国」「家」は別れたり。
そうしたのはほかでもない権力者と呼ばれるその人々自身なり。
権力ある者ならば同じく権力ある者と精々守るが良い。
力なき者なら同じく力なき者と精々抱きしめられよう。
それをどう感じる?
空しさと恨みが尽きないか――それとも安心して息を抜けるか。それだけのことである。
それが今――「問われたり」。
ただ単に「どうだった?」とこの世界に感想を求められるだけのこと。
それが地獄と感じるならば今やめよう。
それが天国と感じるならばそれでよかろう。

では、私から――そして『「“私たち”」』からの、無限でありたった一つの問いなり。

劣等生を愛せるか? まさに。
劣等なる生を愛せるか? まさに。
私は喜んで劣等生を愛する。劣等こそ宝なり。誇ろう。
あなたがたはどうか。
劣等を、憎むか、許すか。それともさらに――それを乗り越えて愛しむまで至るか? ――さらに求むるまで満ちるか? その一問に尽きる。

聴け、日本とは、大和とは、日の本とは、劣等の集いし列島なり。
其をよしとし、抱き、すべからく、あまねく愛するがゆえの、「我が国」であるなり。――まさしく。

「我が国」の「代表神」は「天照大神」なり。
忘れたか、「日本人」よ。大和の子らよ。日の本の人類よ。この国の神の名を。
――私から問いかける。喜んで、その名を呼べるかい?
――喜んでその名を呼べるなら、誇り高き和の民であろう。
――怯えてその名を忌み禁じるなら、あなたはもう・・・この“くに”にいられるか。
その神の――日の本――その日は、お日様は、紛れもなく火でもある。

その「日の火」・・・すべての文明の創造力の基となる、この母なる地球と父なる太陽から私たち人間に有難くも分かち合われた計り知れない大宇宙の元素。
まさしく元となる素のひとつ。
この島国に住まいし民草よ、そこから何を感ずるか。
火から何を得、何を学び、何を悟り、何を抱き、何を想い、そして何を込めて何を創りたるか。
――火を大切にし、慈しみとし、畏敬を抱き、憧れを燃やし、危険も理解し、その上で命の活力とするならば、正である。
――火を憎しみとし、止まぬ戦いとし、歯止めの効かぬ破滅を招くものとするならば、邪である。
人間にはずっと、その程度が求められるよ。
――その最たる地球人であるこの日本国の民たちよ。
今、この国に燃える火は、汝らにどう映る。
浄めて癒やすための良化の火とおもうか。
のぞまぬ戦をつくる悪化の火とおもうか。
それともそこからさらに大いなる存在の宿る真に崇めるべき神を見出し我が身と行いを話し、悔い改めて然りとする本来の火とおもうか。そこからさらに共に歩めるか。すべてとのつながりを情熱の火に変えられるか。
いかに。
いずれにせよすべて愛なり。
身を焦がす火とは、今ぞ日本人よ、どうか。
待望の火か。死滅の火か。花咲く火か。妬くのみの火か。それとも祝福の火か。
今ならまだ、選べる。
いつからでも、遅くはない。
有限を殺す火となるか。無限を生かす火となるか。
いかなる火を灯す、人――なるか。
いかなる火を灯す、人――なるか。
そもそも、人々に火が見えるか――?
私が聞きたいのは、それである。
あたたかき一つながりの火の宿りたる人なるか。
迷い尽きぬ不燃の火の隠れたる人なるか。
天照らす日はすべてを一度導き出す。
其をよかれと想うか。其を悪しきと想うか。
今、一度。今、一度。「なにがためにそなたらの火は燃えているのか――?」
アマテラス日は、そのさらなる火は、私たちみんなの命の火を分かりたる。
いずれ・・・真実の火に明るくされよう。
まさに。白日の下にさらされよう。
救いであるか。赦しであるか。終末であるか。新生であるか。
よく考え、よく生き、よく分かてよ。
有難き幸せに成り、上がるか。
有難き不幸に成り、下がるか。
――その答え、よき産声になるよう――
――必ず報われよう――。

――私から。アマテラス-天照-大神-オオミカミのその日。あぁ。日。Day。その日。
――『お疲れ様~』って照らしていただけるんですが・・・・それをどう想う?
――ぬくいなぁ。あだだがいなぁ。たすかるなぁ。ありがたいなぁ。すまねぇなぁ。うれしいなぁ。想えますか?

『バッチリ天も民も普く照らしちゃうから!』 ははは・・・いいんですか!?
私は、やったー! 加えて言うなら、「日輪」。どんな日の輪になるだろう。
そこに私は胸躍りワクワクします。


寺口 巧(てらぐち たくみ)-カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku
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