LOG IN

『マリア あなたを包む愛の奇蹟』-その61。

by カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku

※このシリーズでは、『マリア あなたを包む愛の奇蹟』-ドリーン・バーチュー 宇佐 和通[訳]の内容を、ゆっくりと分かち合って行こうというものです。公式さまから許可を得たわけではありませんが、いつものように私の想いつき買いたいけど買えない方、また知るきっかけのなかった方に触れあって頂ければと想い、始めました。もしよろしくなければお伝えください。


アヴェマリアを唱えた後に――シャーリーンの体験

次のお話の舞台は、南アフリカです(私自身も訪れたことがあります。個人的体験から言えば、かなり危ない場所です)。

1995年のある日、シャーリーン・ヤレド=ウェストは、母親と一緒にヨハネスブルグからプレトリアにある家へと向かっていました(車でおよそ1時間半の道のりです)。この日は友だちの家に行って、すっかり遅くなってしまいました。高速道路を走っていたとき、急に車の調子が悪くなり、停まらざるをえなくなってしまいました。もう日が暮れかかっている時間です。ふたりはすっかり怖くなりました。当時、この地域では暴力と犯罪が横行していたのです。シャーリーンは、普段なら自分の国の状態に文句を言うタイプの人間ではありません。でも、携帯電話もないまま夕暮れの高速道路に置き去りになってしまえば、話は別です。

シャーリーンと母親は外に出て、非常電話を探して歩き始めました。その間、大声でアヴェマリアを唱えました。そのまま1マイル(1600メートル)ほど歩いて、非常電話を見つけました。受話器をあげてみましたが、なんと壊れていました。

すべきことも限られてしまいました。しかも急がなければなりません。目の前を走る高速道路は四車線でした。高い壁が見えるので、郊外にいることがわかりました。外に出るには壁をよじ登るか、さらに20マイル(32キロ)歩くしかありません。

シャーリーンは、残された選択肢を母に説明しました。母は、たとえ危険だとしても、壁を登るべきだと答えました。ただし、それは、車が走っている四車線の道路を徒歩で渡りきり、電気が流れているかもしれない高い壁を登ることを意味します。うまく登って向こう側に降りられたとしても、番犬がいるかもしれません(電流が通った壁も番犬も、南アフリカでは常識に近い認識でした)。

もう一度アヴェマリアを唱えた後、ふたりは車の流れの切れ目を見つけ、車線に走り出ました。向こう側には、背の高いとげとげしい木の茂みがあります。ふたりは、登りやすいレンガでできた部分を見つけました。母親に体を押してもらって壁を登り、外側を見ると、番犬はいませんでした。(泥棒のような気分になりながら)飛び降りて、道路のすぐ脇に建っている家の中にいる人に向かって声をかけました。ところが、そのタイミングで犬が走り出てきたのです。かなり勢いがついていましたが、飼い主がすぐ後ろを走ってついてきました。

この人から壁越しに椅子を渡してもらって母親が登りやすいようにし、ふたりで無事に家の中に入れてもらうことができました。親切に出してくれたクッキーと甘い紅茶で、気持ちもすっかり落ち着きました。この家に住んでいる夫妻は警察官で、高速道路に置いたままだった車をレッカー車で牽引する手配もしてくれました。そして父親に電話をかけ、迎えに来てもらうことにしたのです。

シャーリーンは、困難な状況で導いてくれたのが聖母マリアだったことを知っています。聖母マリアが助けてくれたという事実は、シャーリーンと母親の中にいつまでも残り続けるでしょう。そしてふたりは、その事実に感謝し続けるはずです。


聖母マリアは、私たちが望む範囲で救いの手を差し伸べてくれます。神や天界すべてと同じく、聖母マリアもまた、私たち人間の自由意思を尊重します。

助けてくれるよう祈ること、聖母マリアの聖なるとりなしは、そこから始まるのです。


カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku
OTHER SNAPS