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生きるとは。

by 寺口 巧(てらぐち たくみ)-カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku

なんだろう、「生きる」という破壊と再生、希望と絶望、いのちのリズムとサイクルの「勝手をつかめるjと、すこしほっとする。インナーセルフや内面の闇、激情や不安、凍てつく断崖絶壁の厳しさも、守護の聖なる存在の家族たちのご加護。恩寵。愛のひとつなのだ。とすこし、分かった。護られているから、存分に生きよう(ーωー)。O

人生の愛。そして、その上で、できる人は社会的な仕事だったり自己探求だったり。
それができない人には、あくまでも、どこまでも優しく、思いやり、慈しみ、愛し抜く、愛しつづけるということが、現代社会で非情さ、忙しさ、厳しさに想い悩んでいる成長しているとても多くの人たちには、必要不可欠、かな。
女神や聖母たちの慈愛。
大人の対応や、「生きる勝手」というものは、遠大なときをかけてその人たちなりに生き、がんばって、努力を積み重ねて、ある時ふっと分かるもの、かな。それは機械的なプロセスではないし、他人の目には見えづらいけれど、そこが地球人類は、肝要な大人の度量と人を愛する忍耐力。(時間をかけて)「育む」、ということ。
自分や世間をうまく受け容れられない子どもや若者の彼ら彼女らは、ただ健やかに成長しているだけなのだから。
悩み多き彼ら彼女らを、ときには近くで、ときには遠くから、見守り、支え、応援し、励ます。
それが人の輪、そして和の心というものか。
そして、そういう類のこころ穏やかな生き方の解説があんまりどこにもねぇ!
いのち、有難う!


寺口 巧(てらぐち たくみ)-カウラーキー(kouraku)with新生クラヴァー&新生terataku
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